石川博史さん
「ぼんさん」* によく間違えられると自ら話す石川博史さん。彼もまた今回のプロジェクトで多大な力を発揮してくれた重要なパートナー。展示会の際には作務衣&SOU・SOU地下足袋がお似合いでした。

石川さんは、有松鳴海の絞問屋「浅井絞商事」の一員。今回のSOU・SOU×有松鳴海絞のプロジェクトに最初から積極的に協力して下さった方の一人です。ぼんさん系の風貌とうらはらに(?)、デザインも営業もこなす多才な方でございます。京都にある支社で15年間販売を経験したのちに有松鳴海へ戻り、今は企画をメインで担当。
「やっぱりものづくりがが楽しいよねえ」
しみじみと嬉しそうに、そうおっしゃっていました。

今回のプロジェクトの感想を聞いてみたところ、まず一言。「すばらしいよ!」

やった!では、どうすばらしかったのでしょうか?
「有松鳴海のものづくりは“素材”を作ること。それをどう形にするかはその後の人が考えること。そんな考え方が主流だったよね。けれどSOU・SOUと一緒に仕事をすることで、どんな製品を作るか。ではどんな素材が必要なのか。その考え方でものづくりをしなくちゃいけないんだ、と改めて考えさせられた。これが一番の収穫。それから、我々産地はつい“技法”に走りすぎちゃう。技法を追うのではなくて今の空気にあったデザインをちゃんと考えること。これもすごく学んだ点。」

石川博史さん



真ん中と下の写真は、展示会で出品されていた浅井絞商事の商品です。
「これなんか、SOU・SOUの影響が強く入っていると思う。シンプルで、ポップで、そしてホンモノ。
 どう? けっこういいでしょ!」

* ぼんさん …お坊さんのこと
2007.01.10|21:39ものづくり人comments(0)trackbacks(0)
井村加代子さん [三浦絞り]
井村さんは三浦絞りの伝統工芸士。もうお孫さんもおられるというのに、今も絞りの問屋さんで元気に仕事をしています。

三浦絞り、別名豊後絞りは、豊後の侍医・三浦玄忠の妻より有松に伝えられ、その後有松鳴海の女性たちが親から子へ、子から孫へと脈々と伝えてきた絞りの技法。井村さんもその流れを担う重要なお一人です。

写真の反物は井村さんが絞った浴衣。斜め格子に空けた部分を除いて“疋田三浦絞り”がびっしりと綺麗に施された、大変貴重な総絞りの浴衣です。
こんなに素晴らしい浴衣に袖を通す幸運な人は、一体誰になるのでしょうか。

「昔はね、みんなで絞っていたから。子供を遊ばせてね。縁側で日向ぼっこしながら友達と並んで括ったよ。ずっとおしゃべりしながらね。最初に練習したのは手ぬぐい。大人や隣のお姉さんがやってるのを見よう見まねで括ったの」

括りの仕事は、絞り染めのキモ。つまり有松鳴海絞りのキモ。農閑期や雨の日に、夜に、こつこつ、こつこつ。女性たちがずっと昔から、内職で支えてきたものなのです。


井村加代子さん
2007.01.05|20:05ものづくり人comments(0)trackbacks(0)
村瀬裕さん [下絵]
絞り染めの一番最初の工程を受け持つのは、下絵師。

デザインをして、柿渋を塗った和紙に型を彫り、その型を使って白生地に下絵を刷ります。そしてそれぞれの括り手は、青花の下絵を頼りにひと粒ひと粒括っていくのです。

最終的に形になったとき、青花はすっかり洗い流され跡形もなくなる運命。つまり下絵師はいわば陰の仕事人です。

会社勤めを経験したのちに絞りの世界へ飛び込んだ村瀬裕さん。叔父の仕事を引き継いで下絵師になりました。それからもう35年ほど。今では下絵師としてだけでなく絞り染めのなんでもプロデューサーとして日々精を出しています。

絞りの形状を生かしてインテリア製品へ応用したり、これまで絞り染めの対象物ではなかったものまで絞ってみたり(たとえば、皮製品とか)。絞りの可能性を探し続けているお一人です。それもこれも、下絵という根っこの部分を長くやってきた経験からできることなのかも知れません。

今回のプロジェクトでも村瀬さんは大活躍。名古屋での京都デザインウィークでは、寝る間もないほどに頑張ってくれたSOU・SOUの大切なパートナー。有松鳴海絞りにかける熱き思いは人一倍!です。

村瀬裕さん
2006.12.27|10:09ものづくり人comments(1)trackbacks(0)
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